1990年代のロシアで、多くの人々を巻き込んだ史上最大級の詐欺事件「MMM」。
年利1,000%という驚異的なリターンを謳い、約2,000万人もの投資家を騙したこの事件は、経済混乱の中で広がりました。
なぜこれほどの規模になったのか? そして、創業者セルゲイ・マブロディの末路とは? 本記事では、MMMの全貌とその影響を詳しく解説します。
ロシア史上最大級の詐欺事件「MMM」とは?
MMMは、1989年に設立され、2004年に廃業したロシアの詐欺会社です。
同社は、ポンジスキームの一種である「MMM投資信託詐欺事件」を引き起こし、最盛期には約1,000万人から2,000万人もの被害者を生んだとされています。
MMMの始まり
MMMは、セルゲイ・マブロディ、バチェスラフ・マブロディ、オルガ・メルニコワの3人によって設立されました。
当初は対米貿易会社としてスタートしましたが、すぐに金融詐欺へと方向転換しました。
ロシア政府から脱税の疑いで摘発されたものの、実際にはポンジスキームが問題視されていました。
しかし、当時のロシアにはポンジスキームに対する具体的な法律がなく、結果として脱税の容疑で追及されることになりました。
MMMの「1,000%の配当」を謳った詐欺
MMMは「年利1,000%」という驚異的なリターンを謳い、ロシア国内の投資家を次々と引き寄せました。
当時のロシアはソ連崩壊後の経済混乱と超インフレの影響で人々の生活が困窮しており、高利回りの投資話が広く受け入れられる土壌がありました。
MMMは莫大な資金を広告に投入し、モスクワの地下鉄全路線を1日借り切るなど、派手なプロモーションを展開しました。
その結果、信じられないほどの資金がMMM本社に流れ込み、一部の関係者は資金を「金額」ではなく「倉庫の数」で計算していたとも言われています。
MMMの崩壊とその後
しかし、1994年7月、ロシア政府はMMMの資金流入を遮断し、大規模な取り付け騒ぎが発生。
支払い不能となり、多額の配当金が未払いのままとなりました。
セルゲイ・マブロディは投資家の支持を得ようとロシア下院選挙に出馬、さらには1996年の大統領選にも挑戦するなど、権力を利用して逃れようとしましたが、最終的には1997年に破産を宣言し、逃亡しました。
2003年、マブロディは逮捕され、2007年に懲役4年6ヶ月の刑を受けましたが、裁判中の拘留期間が考慮され、即時釈放となりました。
世界各国で繰り返された詐欺
出所後もマブロディは再び詐欺活動を続け、2011年には「MMMグローバル」という新たなポンジスキームを立ち上げました。
韓国を含む複数の国で展開し、多くの投資家が再び騙される結果となりました。
特にナイジェリアでは被害者が200万人以上に達し、「MMMシーズン2」とも揶揄されました。
彼の死後、ナイジェリアではメディアがこのニュースを大々的に報じ、一部では「祝賀ムード」すら漂ったと言われています。
マブロディの死とMMMの終焉
2018年3月26日、セルゲイ・マブロディはモスクワで62歳で死去しました。
彼の死とともにMMMの活動は停止し、同年4月6日には韓国でも正式にサービス終了が発表されました。
MMMのまとめ
MMM事件は、経済混乱期のロシアで起きた最大規模の詐欺事件の一つであり、その影響はロシア国内だけでなく、世界各国に及びました。
投資の世界では「うますぎる話には裏がある」という教訓を再認識させる事件でした。
MMMの歴史を振り返ることで、詐欺の手口を知り、今後同様の被害を防ぐための警戒心を持つことが重要です。
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